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2017年4月29日 (土)

長尾和宏「痛くない死に方」

 延命死は平穏死より10kg以上体重が重い。過剰な点滴などで心臓や肺に過剰な負担がかかり、心不全、肺気腫でもがき苦しむ。500mℓ以上点滴すると腹水や胸水、痰や咳で苦しむ。腹水があるとお腹はパンパンに膨らみ苦しい。腹水や胸水を抜くとアルブミン(タンパク)や栄養素を抜くことになるので、病院は腹水を抜いて必ず点滴補給をする。安易に抜かず利尿剤を使い様子をみると、尿が出て1週間経つと腹水を抜く必要がなくなる。脱水すると全身の浮腫もとれて心不全、呼吸不全、腸閉そくが改善される。水や栄養を人工的に入れれば癌が急成長するだけ。枯れたように死ぬ平穏死がいちばん痛くない死に方。
 8割以上の人が平穏死できない。延命治療が始まったら希望しても途中で中止は困難。8割が管だらけのまま死を迎える。
 平穏死の希望を尊重するなら餅が喉に詰まり窒息しても、息が止まっていれば救急車を呼ばない選択もある。病院に運ばれれば延命措置に至る可能性がある。蘇生に成功しても認知症、植物状態になることがある。
 慢性的介護不足から施設では人手のかからない胃ろうの造設が歓迎される。欧米は高齢者への胃ろうの効果について否定的で、口から食べられなくなった人に人工栄養で延命を図ることが非倫理的で老人虐待につながると考える団体もある。胃ろうを始めると中止したいと言っても、医師は後の訴訟を考えて中止してくれる人は少ない。しかし、ALS(筋委縮性側索硬化症)などの神経難病の場合、胃ろうや人口呼吸は延命治療というより福祉用具で、老衰や認知症末期の胃ろうとを混同しないこと。
 痛みを軽減させるために必要な麻薬の量は患者さんごと、病気の時期で全く違い、少しずつ増減して適切な量を決める。医療用麻薬は中毒になることがなく、死期を早めることもなく、最後に使う薬でもない。これを知らない医師が多く、日本の麻薬使用量は国際的にかなり少なく、患者に痛みを与えている。
 平穏死のためには①最後まで食べることにこだわり胃ろうは造らない。②本人や家族の希望で少量の点滴(1日200mℓ)をすることはある。③毎日の生活を楽しむ。
 大病院は救急医療、高度医療、専門医療を受けるための病院で慢性期医療、終末期医療には向いていない。
 病院より自宅の方が痛くない(自宅効果、家族効果、好きなことができる趣味三昧)。看取りの実績がある在宅医を探す。在宅看取り人数が載っている「自宅で看取るいいお医者さん」(朝日新聞出版会)に公開されている。最後まで看取らない施設は救急車を呼び、病院についた時死んでいると不審死の可能性があると死亡診断書は断わられ、警察に事情聴取される。
 この本には「平穏死10の条件」が記載しており、非常に良い本である。問題は実行できるかということだろう。いろいろなしがらみの中で実行しにくいのもある。

2017年4月26日 (水)

松任谷由実「宇宙図書館」コンサート2017年4月25日

 ユーミンのコンサートは見せるショーのため、サーカスや象が登場するということなので見てみたいと思っていた。東京FM「東京プラネタリーカフェ」でパーソナリティの篠原ともえが「宇宙図書館」コンサートの衣装を担当したと聞いたので、この機会に見なければと思った。
 先週水曜日の都内出張の帰りに立ち寄った金券屋に8640円のチケットが7800円で販売されていたので購入した。ユーミンのヒット曲しか知らないので、今回の「宇宙図書館」を先週の土曜日にネットからダウンロード購入した。ダウンロードは1曲だけ購入したことがあるだけで、アルバムの購入は始めてである。
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 コンサートの曲は「宇宙図書館」から始まり、新曲の中に過去の曲が少し混じっていたのが、進むにつれて過去の曲の割合が増えていくように思えた。ときどき双眼鏡で見ていると、バレーダンサーの背中にワイヤーがあった。予想通りダンサーは空中に舞いあがった。曲に合わせて計算されたステージ構成と衣装と思われる。歌と歌との間の演奏時間に素早く衣装替えして2時間近く休憩時間は取られなかった。
 トークでは老眼になり、昔とは顔も変わったと語った。確かに顔も体型もふっくらしていた。観客も中高年が多く、女性が3分の2くらいを占めていた。
 アンコールは長い拍手の後、ようやく始まり、ヒット曲のメドーレで盛り上がり、観客は皆立ち上がった。アンコールが終わると一部の人は帰り、ワシも双眼鏡をバックにしまった。
 2回目のアンコールが始まり、観客にお礼を述べたトークは涙ぐんでいるように聞こえた。2回目のアンコールは予定になかったのか、バックはキーボードの演奏だけで、1曲だけだった。感傷的になったためか、疲れたのか声に伸びがなかったが、それなりによかった。

2017年4月23日 (日)

熱海2017年4月22日

 学生時代のゼミのMさん、Oさん、Iさんと東京駅で待ち合わせし、熱海へ行く。
 熱海でDさんが出迎えてくれ、駅前の商店街で土産物を見る。かつては寂れたとも言われていた熱海だが、復活して人が多かった。 
 Dさんの車でRestaurant&Sweets「花の妖精」へ行き、伊勢海老カレーで昼食。ここからの展望は素晴らしい。
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 次に樹齢2千万年以上の天然記念物大クスがある来宮神社へ行く。
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 Dさんの仕事関係の電話が運転中にかかわらず、数回かかる。
 MOA美術館は岩佐又兵衛の義経伝説「山中常磐物語絵巻」の期間中だったが、国宝の尾形光琳「紅白梅図屏風」は展示期間外で見られなかった。
 Mさん所有のリゾートマンションへ行く。お風呂からの展望にこだわって購入したというだけに眺めは素晴らしく、初島も見える。
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 温泉に入った後、タクシーで味処「葵」で宴会後、BAR「Dr.Smuggler」でこの時期しか食べられない黄金柑をいただく。
 翌朝、また温泉に浸かる。Dさんの車はワシを来宮駅で降ろした後、函南ゴルフ倶楽部へ向かった。

2017年4月15日 (土)

いすみ鉄道2016年11月30日

いすみ鉄道大原駅9:24→9:52デジタルサポート大多喜駅14:18→14:46大原駅
 大原駅
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 大原駅は乗換に4分しかなく切符の自販機はあったが、駅員のおばさんは自販機で買わずに車内で支払うように言う。1両のディーゼルでワンマン。後ろのドアから乗り、運転手に支払って前のドアから下車する。乗車は男2人連れとおばさん2人(無関係)でワシ以外4人。
 4駅目の国吉で1人降り、2人(おじさんと無関係なおばさん)。
次の上総中川でおじさん1人のり、6人で大多喜到着
 大多喜駅大原方面行き列車。
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 乗車してきた列車に1両連結して2両にする。
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 大多喜駅前 
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 車庫 
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 大多喜駅上総中野方面行き列車。 
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 「JR駅からハイキング」をして大多喜駅に戻ったが、発車時刻まで1時間以上待った。来た時は数人しか乗っていなかったディーゼルカーだが、到着した車両はほぼ満員だった。ほとんどはツアー客で、旗を持った添乗員とともに国吉駅で下車した。なお、車内は行きと違って「右をご覧ください。○○があります。」というような沿線のアナウンスをしていた。
 大原駅では特急の接続は4分だが、各停は1時間近く待った。

2017年4月 9日 (日)

高尾山2017年4月8日

京王高尾山口駅10:00?→休憩10:36(稲荷山展望台)、10:55、11:18(最後の階段前)→11:35高尾山頂(標高599m)12:55?→13:33高尾山駅(ケーブルカー山頂駅)標高472m→13:47清滝駅(ケーブルカー山麓駅)標高201m
 毎年恒例のワンゲル高尾山は10人の予定だった。直前になりJTさんとHTさんが来られなくなり、仕事等でMさんとKさんは山行後の宴会だけの参加になり、YさんとSさんは昼食場所確保のためケーブルカーで行き、上りはOさん、Cさん、Yさん、ワシの4人だけになってしまった。
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 朝は雨だったが、山行中はほとんど降られなかった。こちらと同じようなペースで歩く大声の中国人とよく前後になる。
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 山頂は霧で展望がきかない。花粉のため高尾山行は毎年5月頃だったが今年は桜が見たいということで4月上旬になったが、今年は開花が遅く全く咲いていなかった。
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 昼食に今年はKさんの鰻はなかったが、Sさんが名物のあんまんを持参してくれた。
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 下りは各人自由に歩く。ミツマタとシダレ桜。
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 膝の関係で下りが苦手のワシと2人はケーブルカーで降りる。ケーブルカー駅前の桜はわずかに咲いていた。 
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下山すると今日から5月28日まで「第18回高尾山若葉まつり」が行われ、大正琴の演奏が行われていた。ケーブルカー駅前の桜は満開だった。
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 予約したS亭に8人が集合し、5時頃まで地酒等をいただいた。Yさんがネットで碁の対戦をしていることやフェイスブックは脆弱で乗っ取られてしまった話などがつきなかった。花粉の症状も出ずに無事終了してよかった。

2017年4月 2日 (日)

東寺の紅葉ライトアップ2016年11月16日

 東大阪へ出張したら京都の東寺で夜間ライトアップをやっているのを知った。近鉄奈良線から近鉄京都線へ乗り換え東寺駅で下車する。五重塔のライトアップは最高だった。
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2017年3月25日 (土)

クラシック名曲CD100枚

 12年くらい前、ある出版社が毎月クラシックの名曲CDを発売するようになった。安いので買い始めたが、名前の知らない演奏者ばかりだった。ベートーヴェンの運命はジャジャジャジャーンの出だしが薄い音で、楽団員が少ないオーケストラかもしれないと思った。 やはり、有名な演奏者でないとだめかと思ったが、クラシックがそれほど好きなわけではないし、音を聴き分ける能力もないので高いCDを買う気は起らなかった。
 本間ひろむ「3日でクラシック好きになる本」に名盤100枚が載っていた。バロック、ベートーヴェン等の17テーマに分け、1テーマ1万円以下だった。有名度・定番度・コンディションが星印で評価されていた。最高は星3つで、星2つ以上のCDがほとんどだ。しかし、有名な曲だけを聴きたいのに有名度が星1つのCDもあるのは不満だったが、著者の好みもあるし、安いのだからと思い全100枚を買うことにした。
 この本は2002年の発売だが、発売から2年くらい経ってからこの本を買ったので7~8割のCDしか買えなかった。そこで買えなかったのと同名の曲を「クラシック名曲1000聴きどころ徹底ガイド(決定盤CD3236)」(音楽出版社2005年)で探して買ったが、高価なCDは図書館から借りたりした。
 その後、クラシックはほとんど聞かなかったが、最近どういうわけか聴く気になった。100枚のうち手に入らなかったCDを調べると、2つの図書館に3枚あり、1枚はネットで中古が販売されていて、100枚全部がそろった。

2017年3月19日 (日)

水島臨海鉄道(2016年5月12日)

倉敷市17:40→18:05三菱自工前18:17→18:43倉敷市駅
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 水島臨海鉄道倉敷市17:40発のディーゼルカーはMRT303の1両でワンマンカー。乗客はほとんどが若い人で、高校生が3割くらい。18人が立っていた。
 球場前駅で3人降りる。ホームの3人のうち1人乗る。やがて高架になる。
 西富井(にしとみい)駅で2両の列車と交換。混雑率は70%くらいで立つ人もいる。こちらは6人降り、立つ人は11人。やがて、地平を走る。
 福井駅は3人降り、1人乗る。車両の前から降り、後ろから乗る。左側に低い山があり、住宅地。
 浦田(うらだ)駅で20人降りる。ほとんどの人が定期で切符は3人くらい。
 住宅の間に畑も少しある。高架になる。左の山はかなり離れた所になる。
 弥生(やよい)駅でも20人降りる。切符の人はわずか。ホームに6人いる。発車すると工場の煙突がみえる。
 栄(さかえ)駅のホームには4人いた。12人降りて、乗っている人は13人。
 常盤(ときわ)駅のホームには5人いたが乗らない。5人降りる。駅から先が複線になっているのが見える。
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10人降り、乗客はワシ1人になる。発車するとディーゼルカーの水島本線は右へ行くが、左に分かれる貨物線の港東線(こうとうせん)東水島駅まで行く。
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 高架から地平に降り、三菱自工前駅に到着。終点なのに下車しても列車はそのまま進む。先に貨物線の倉敷貨物ターミナル駅があるので、そこで折り返すのかもしれない。
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 帰路は三菱自工前駅で7人乗って、発車。三菱自動車工業水島製作所の人なのだろうが、ブルーカラーの人なのか、ホワイトカラーの人なのかわからない。女性車掌が切符を売る。整理券の機械はあるが、整理券は出ない。先頭はMRT301で後ろはMRT305の2両。
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 水島駅のホームには14人いた。前後のどちらの車両からも乗車できる。
 常盤駅のホームには3人いた。
 栄駅のホームには8人いた。
 弥生駅で5~6人(2両で)乗る。列車交換する。
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 高架から地平線になる。
 浦田駅で1人降り、8人乗る。
 福井駅はホームにいた4人降り、下車した人はいない。高架になる。
 西富井駅
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ホームに9人いて、反対ホームには2人いた。先頭車で立っている人は2人で、座席の空きは少ない。
やがて、列車は地平に降りる。
 球場前駅ホームには4人いた。前のドアを車掌が開ける。1人降りる。
 終点の倉敷市駅に着き、写真を撮っているとホームにいた運転手に切符を求められたので渡す。
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2017年3月11日 (土)

つらい冷え性が改善!血管若返り術(NHKガッテン)

 冷え性の人は普通の人より血管が硬くなっている。手足や足先の血液の循環が良くないことが原因のひとつ。血管のばしの方法が下記に記載されています。

2017年3月 4日 (土)

鈴木道彦「サルトルと現代-来日50周年にあたって」獨協大学オープンカレッジ特別講座2017年3月4日

 最初に昨年2016年9月18日TBS「みんなサルトルの弟子だった」のビデオを25分拝見した。関係者2人の証言が多く映された。そのうちの1人が今回の講師の鈴木道彦獨協大学名誉教授だった。ビデオ後に講演がはじまった。
 鈴木氏は東京大学仏文科卒業の翌年にフランスに留学(1954~1958年)した。そこでフランスの植民地のアルジェリア戦争(1954~1962年)を目の当たりにした。サルトルはフランス人でありながらアルジェリアの独立を支持していたので、サルトルの思想に関心を持った。
 1966年にサルトルと彼の契約結婚パートナーであるボーヴォワールが来日し、慶応大学等で3回講演した。ボーヴォワールに偶然会ったので鈴木と名のったら、彼女は「あの鈴木氏ですか?」と言った。前年の「日仏文化技術通信No.64」で「サルトルは古い」という質問に鈴木氏が反論したのを彼女は読んでいたのだった。
 1967年フランスに行ったので、連絡するとボーヴォワールの自宅に招かれた。在日朝鮮人が犯罪を犯した「日本のジュネ」の話をすると翻訳するように言われた。フランスの戦争に行かない人を脱出させる組織のフランシス・ジャクソンとも会う。帰国したらべ平連の脱走兵の表組織の代表者になり、翻訳する時間はなかった。
 1968年にサルトル(ボーヴォワールと朝吹登水子氏が同席)に会うと、金嬉老について聞かれ、雑誌に書いてくれと言われる。サルトルの紹介で反戦組織の下部組織に会うと彼らは笑った。サルトルは親しいと思っていたが、彼らにとってサルトルは雲の上の人だった。 5月革命の学生たちは反戦だけでなく消費文化全体に異議申し立てをしていたのだが、サルトルはわかっていなかった。
 1974年、サルトルは「人民の友」で5月革命をわかっていなかった古い知識人だという。思考は衰え、70年代は若い知識人に会おうと努力する。1980年死去。大知識人の時代はサルトルで終わり、その後新たな大知識人は現れていない。
 サルトルの思想
1.日本で講演した知識人論は今でも有効
 知識人は普遍的真理を求める。しかし、権力者は原爆のようにそれを特殊利用しようとする。本当の知識人は普遍と特殊を理解し、自分の研究を外からも見て、原爆反対に署名するような人である。
2.「第三世界は郊外に始まる」で移民問題を予測
 アフリカの植民地が独立したが、仕事がないので60年代後半にフランスに来てスラム街に住む。サルトルはフランス資本主義が要求する労働者(3Kの仕事)だという。パリ郊外は赤いベルト(共産党)と呼ばれる。移民が家族を呼び寄せ2世・3世になる。フランス語しか話せず教育もなく非行にはしる。11~18歳にフランスにいれば自動的にフランスの国籍が与えられる。警官は移民を乱暴に扱い1981年に最初の暴動が起こる。2005年の暴動は3週間続き1万台の車が焼かれた。教育・研修をやり直さないと警官が厳しくしてもダメ。日本は難民に厳しい国として有名だが、200万人の定住者がいる。日系ブラジル人の2世・3世が来たが日本語が良くできない。日本語の研修時間は外国に比べに非常に少ない。日本のメディアは真実を報道せず、福島の原発事故はル・モンド(フランスの新聞)の方が詳しい。
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 サルトルの実存主義について知りたかったのだが、それについての話はなかった。哲学は難しいので、わかりやすい話に限ったのかもしれない。移民問題の指摘は正しいが、語学の研修で済む話ではない。言葉がわかっても、習慣・宗教は変えることはないので、その国にとっては異質な人達が住むことになる。改宗は無理だが、最低限の習慣はその国に合わせる必要があるが相当難しいと思う。

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