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2017年12月10日 (日)

金沢家庭料理「はく」(紀比呂子の店)2017年12月9日

 スペース・フュージョン会のMKさん、KOさん、HKさん、THさんと小田急線祖師ヶ谷大蔵の「はく」で飲む。昔「アテンションプリーズ」というテレビ番組のスチュワーデス役で人気だった紀比呂子さんがやっている金沢家庭料理の店です。比呂子さんは結婚して女優をやめ、ご主人の勤務先の金沢に19年間住んでいましたが、副社長をしていたご主人のホテルが2000年倒産し、母親の女優三条美紀さんのいる東京に戻りました。調理師免許をとり2002年開店しましたが、常連客を獲得するため紀比呂子の店とは名のりませんでした。
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 THさんはこの日のために、ネットオークションで比呂子さんが表紙になっている「家の光」という雑誌(農家向けで昔ワシの田舎ではほとんどの家が購読していた)を競り落とし、表紙に比呂子さんのサインをいただいた。我々はプログレのコンサート・CDや健康談義で盛り上がった。
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 祖師ヶ谷大蔵は昔円谷プロダクション本社と円谷英二氏の自宅があったので、ウルトラマン商店街が生まれた。
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2017年12月 3日 (日)

佐藤正午「月の満ち欠け」第157回直木賞

 小山内堅は高校の2年下の梢と大学のサークルで知り合い結婚する。娘の瑠璃は7歳になり熱をだしてからおとなびいたと妻がいう。20年前の曲を歌ったり、デュポンのライターを知っている。高田馬場のレンタルビデオ店へ行こうとして補導される。堅は高校卒業まで行きたい所があっても我慢すると約束させる。11年後高校を卒業した娘は妻の運転する車でふたりとも即死。その15年後の今は母子家庭の荒谷清美・みずきと親密になる。
 三角哲彦(アキヒコ)は小山内の8年後輩。三角は大学2年のとき高田馬場のレンタルビデオ店でバイトし人妻と深い関係になるが、詳しいことは知らない。地下鉄で小競り合いしている人に突き飛ばされて轢かれた人の写真で正木瑠璃だと知る。彼女の死から立ち直るのに1年かかったが大学に復学し、大手ゼネコンの総務部長になる。
 正木竜之介は銀座の喫煙具専門店で働く奈良岡瑠璃と結婚する。先輩が自殺し妻は電車に轢かれて死に自堕落となり大手工務店を解雇になる。何年もかかって社会復帰する。20年近い月日が流れ、社長の娘小沼希美(のぞみ)は、正木になつく。希美によるとママのおなかにいるときルリという名前がいいとお願いした声をママは聴いたが、おじいちゃまに反対されて希美になったという。7歳の希美はいなくなり、浜松町のゼネコンのビルで保護される。
 小山内堅に緑坂ゆいが訪ねてきた。ゆいは死んだ娘瑠璃の親友で、ゆいの子の名前は「るり」だった。瑠璃は正木→三角→小山内→小沼→緑坂と生まれ変わったのだろうか・・・・・
 SFはありえない話なので嫌いという人がいるらしい。ワシはSFは好きだが、現実的な物語にありえないことが起こるのは馬鹿らしくて好みではない。鉄道員が死んだ子の成長した娘に会う「ぽっぽや」のような物語は嫌いである。この小説は月の満ち欠けのように生と死を繰り返す生まれ変わりの物語なので、好きでない部類に入る。しかし、読んでいくと先が知りたくなる。時系列が前後するので読みにくいが、筋の展開はよくできており、生まれ変わりを信じる人と信じない人の心理等もよく描かれ、よい小説である。SFだと思って読めばいいのかもしれない。

2017年11月25日 (土)

スペース・フュージョン第11回ユーロ・ディスコ編(FM東京1979年7月14日放送)

①スーパー・マックス「ドント・ストップ・ザ・ミュージック」
 曲:Don't Stop The Music(米Voyage 1978年V444「Supermax」のA面ラスト4曲目6:03)
 演奏:Supermax
 https://www.youtube.com/watch?v=1jYTmSH6n_w (It Ain't Easy (1977) Fly With Me動画 5:43)
  https://www.youtube.com/watch?v=z_QvH53QRbI (Music Express 1978 動画3:43)
②クラウディア・バリー「ブギー・ウギー・ダンシン・シューズ」
 曲:Boogie Woogie Dancin' Shoes (米Chrysalis1979年 CDS2316「Boogie Woogie Dancin' Shoes」のA面全曲(12インチ33.1/3回転シングル)7:52)
 演奏:Claudja Barry
 https://www.discogs.com/ja/artist/33762-Claudja-Barry (ディスコグラフィー)
③セローン「ルック・フォー・ラヴ」
 曲:Look for Love (米Cotillion 1978年 SD5208「CerroneⅣ-The Golden Touch」のB面1曲目10:10)
 演奏:Cerrone
 http://tower.jp/artist/183599 (セローンのプロフィール)
 https://www.youtube.com/watch?v=QNSftRdz_Nk (Give Me Love (Official original 1977)動画3:57)
【特集:サン・トロペ】
①オナ・リアナ・ペルドアー
 曲:On a Rien a Perdre 私達は失うものがない(日King1977年 GP602「Je T'Aime」のB面1曲目6:42)
 https://www.youtube.com/watch?v=lLTPkZNxGtM (ジャケット静止画6:58)
②ラ・シンフォニー・アフリケーヌ
 曲:La Symphonie Africaineアフリカン・シンフォニー (日King1977年 GP602「Je T'Aime」のB面2曲目4:58)
 https://www.youtube.com/watch?v=dr9eIGN-wOg (レコード回転映像4:57)
③フィル・マイ・ライフ・ウィズ・ラヴ
 曲:Fill My Life With Love (米Butterfly1978年 FLY016「Belle De Jour」のA面1曲目6:14)
④ベル・ド・ジュー
 曲:Belle de Jour素敵な嬢(米Butterfly1978年 FLY016「Belle De Jour」のB面1曲目7:20)
 https://www.youtube.com/watch?v=jMPqm9g2Ybs (ジャケット静止画7:17)
 演奏:Saint Tropez
 https://www.discogs.com/ja/artist/82738-Saint-Tropez (ディスコグラフィー)

2017年11月21日 (火)

唐沢山城跡ハイク(東武ハイキング期間設定)2017.11.21

東武佐野線田沼駅9:50→たぬまふるさと館(受付)10:00→一瓶塚稲荷神社・西林寺10:06→天狗岩11:05→唐沢山神社(本丸)11:20→唐沢山荘11:35→秋山川栃本公園→根小屋神社12:10→清水城跡12:35→伝藤原秀郷公墓12:44→12:55道の駅どまんなかたぬま13:00→13:12佐野線吉水駅(約13km)
 たぬまふるさと館で受付し、地図、全国山城サミットin佐野11.25(土)26(日)のパンフレット、佐野ラーメンの地図、東武のSL大樹のメモ帖、こすると消えるフリクション蛍光ペンの入った紙袋をいただく。
 唐沢山入口 
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 山道からの展望 
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 唐沢山城の物見櫓が置かれていた天狗岩 
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 山頂の本丸跡の唐澤山神社 
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 唐沢城跡の紅葉 
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 山から下りて秋山川栃本公園 
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8s8520001
 根小屋神社 
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 佐野線終点の葛生駅まで行くつもりだが、吉水駅の発車時刻まであまり時間がないので、道の駅どまんなかたぬまは昼食をあきらめて弁当を買うだけにした。

2017年11月20日 (月)

ジリオラ・チンクェッティ~プレミアムリサイタル2017(11月18日CLUB CITTA)

 ジリオラ・チンクェッティの声は素晴らしく、ベテランの味でした。予習で聞いた以前の日本公演CDはバックの演奏がいまいちでしたが、今回はイタリアから10人の伴奏者が来て、充実していました。ピアノ兼指揮者1人、キーボード1人、ヴァイオリン等の弦楽器4人、ギター1人、エレキギター1人、ドラムス1人、女性歌手1人だった。双眼鏡では皺も見えるオバさんですが、声は年齢を感じさせません。最初の挨拶はイタリア語でなく簡単な英語で話されたので、英語が苦手な私でもある程度は聞き取れました。「悲しき天使」から始まり、「つばめのように」は日本語で歌いました。
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 チッタは毎回ドリンク料を取られていましたが今回は不用で、ウェルカムドリンクがカップ一杯無料でした。会場は満席で立ち見の人もいました。17時5分頃から始まり18時15分頃に休憩になりました。
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 18時45分から再開。前半の衣装は白でしたが、後半は青。腕時計の下に黄リボンが見えましたが、国によって黄リボンの意味は違うようで、イタリアでの意味は不明。人気曲はイントロが始まっただけで歓声があがりますが、「雨」はアレンジを変えたため、イントロでの拍手はありませんでした。アンコールの2曲目の「夢見る想い」は客席に歌うように促し、それに答えてイタリア語で歌う人が多くいたのは驚きでした。SNSによると翌日はアンコールの「雨」を聴衆が歌ったようなので、この日は「雨」のアレンジを変えたのかもしれません。休憩時間に閉幕は19時40分頃と言っている人がいましたが、その通りでした。
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2017年11月18日 (土)

アート・ガーファンクルJapanTour2017オーチャードホール2017.11.17

 コンサートは「4月になれば彼女は」から始まり、「ボクサー」へと続く。よかったが、かつての天使の歌声というわけにはいかず、枯れた味わいのある声だった。椅子に腰掛けて歌う曲が多いが、立って歌う時もあった。バックは二人でピアノとキーボードを弾く人とギターを弾く人で、ガーファンクルは歌うだけだった。「スカボロー・フェア」と「早く家へ帰りたい」は高音で歌わない部分があった。「アイ・ラブ・ユー。大丈夫か」と叫ぶ男がいた。30分超歌い、20分超休憩する。
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 20時5分から再開し、アンコール2曲で終了は20時45分だった。サイモン&ガーファンクル時代の話もしたようだが、英語が苦手な私にはときどき単語が聞きとれるだけで、話の内容はわからない。「ブライド・アイズ(曲)はポピュラーだ。アメリカを除いて。」と言うのはわかった。2010年に声が出なくなったとも聞こえたが、ウィキペディアには「2010年ごろ、声帯麻痺を患いコンサートツアーの休止に追い込まれたが、その後回復し音楽活動を続けている。」とあった。「サウンド・オブ・サイレンス」「明日に架ける橋」には歓声があがる。高音が出ないためか「明日に架ける橋」の後半はメロディーを変えて歌った。それでも拍手をするせいか、日本語で「日本人はやさしいね。」言った。
 飛行機が遅れずにすみ、夕食抜きで19時開始になんとか間に合ったが、出張帰りなので荷物は少なく双眼鏡は持っていけなかった。そのため顔がよく見えなかったのが残念だった。

2017年11月11日 (土)

船曳由美「100年前の女の子」

 寺崎テイは明治42年に生まれた。実母はお産のとき実家に行き、生後1カ月のテイは寺崎の家(栃木県筑波村大字高松)へ送り届けられたが、実母は寺崎の家に戻らなかった。そのためヤスおばあさんはあちこちの家で、もらい乳をして育てた。その後嫁にきたイワさんの実家はイワが産んだ子を跡取りにし、テイを養女に出すという条件だった。テイが小さくて歩けないうちからあちこちへ里子に出され、送り返された。
 数えで5歳のとき、おカクおっ母さんの家へ引き取られる。水汲みご飯炊きなどをする。ギンナン洗いでかぶれ、まぶたがはれあがって右目が見えない日もあった。それでもおっ母さんはやらせた。シラミに全身をくわれ、かきむしって血がにじみ出ていた。
 数えで7歳のとき、村の役場から男子がいない家の長女は他家に籍はうつせないという法律があると伝えてきた。イワおっ母さんの産んだ子は女の子しか育たなかったので、高松の寺崎の家へ戻ることができた。
 ヤスおばあさんは、小間物屋が来るとイワおっ母さんが嫁の身分なのを考え、小間物屋に水色の手がらをおイワにすすめてくれないかと言ったり、やってきた乞食やごぜさんを手ぶらで返してはならないと言ったりする。父の進も破産した人を寺男にしたり、田畑のないコウさんを家で働かしたりした。やさしい人たちの家だった。
 テイは大正5年の春、筑波尋常小学校にあがる。小学校6年のあと、足利高等女学校へ4年いき、16歳で東京へ行って独りで生きた。昭和9年25歳で船曳昌治と結婚する。
 テイは米寿を過ぎるころから高松村(大字高松だが高松村と言っていた)の話をことあるごとに話すようになる。娘の船曳由美は平凡社の敏腕編集者だったこともあり、テイの尋常でない記憶力と編集者の緻密な取材でこの100年前の高松村物語が織り上げられた。丸谷才一は毎日新聞書評欄で「多彩で多面的な本で北関東の民俗学的な記録、住民の風俗の描写、動物たちの生態の思い出など、まことに楽しい」と書いた。
<ワシの実家は寺崎さんの家から歩いて5分ほどである。ワシは高校卒業後に東京へ行ったので、ワシが知っているのは50年前の高松である。この本の100年前の高松に比べ、行事等は簡略化され、庚申様等はやらなかったが、正月に井戸神様等に餅をお供えすることなどは本と同じだった。筑波小学校へは田んぼの中の1本道を歩いたが、冬の西風の強い日は風を避けるため少し遠回りをして、人家のある道を歩いたのも同じである。藤屋では買い物をしたことがあるし、籠屋は実家の隣の家だと思われる。
 桜の時期は福居の遊廓が花見をさせてくれたので見に行ったと書いてあるが、ワシは福居の親戚の田植えの手伝いに行ったこともあるが、遊廓があったとは知らなかった。稲については書いてあるのに麦については書いてないので、女の子だから麦踏みや麦刈はしなかったのか書かなかっただけなのかと思っていたら、「こういうとき、男の人たちはどうしていたのか。たぶん、厚い半纏を着こんで、麦踏みに出かけていたのだろう。」と書いてあった。稲わらと人糞を交互に積み重ねて腐れさせ肥料にするコヤシ(堆肥)も書かれていないが、糞尿は畑に直にまいて土を被せると書いてあり、コヤシは作らなかったらしい。牛馬は飼っていないのかと思っていたら、日清・日露戦争で馬を供出させられたことが書かれていた。このように、50年前の高松と比較しながらどうしても読んでしまう。
 それにしても、詳細な記憶には驚くばかりである。行事の時の料理まで覚えているのは女性だからかもしれない。でも、普段の食事は50年前でも粗末で、中学の先生からは「お前たちは、いつも漬物(自宅の野菜)くらいしか食べていないんだろう。」と本当のことを言われた記憶がある。ごちそうと言えば、母から誕生日の夕食は何がいいと聞かれ毎年「カレー」と答えたが、小学生の時はカレーに肉の代わりに竹輪が入っており、中学になったら鯨肉になり、高校でようやく豚肉が入るようになった。
 100年前の高松は雷の通り道で他の地域が水不足でも高松は水不足にならなかったと書かれており、50年前の高松も雷が多かった。しかし、最近は温暖化のせいか雷の通り道ではなくなり、雷はほとんど来ないようである。
 終章ではテイさんがボケてしまったかのような記述があり、単行本あとがきは2010年6月である。2016年5月の文庫本あとがきには2010年12月に101歳で亡くなったとあり、テイさんはこの本をちゃんと読んでいないのではないかという疑問が残ります。>

2017年11月 3日 (金)

多摩川線開業100周年記念・第30回多摩川線ウォーク(西武ウォーキング)2017年11月1日

西武多摩川線競艇場前駅10:37→東郷寺10:56→京王多磨霊園駅10:59→11:44大國魂神社→11:55下河原緑道→12:10サントリー武蔵野ビール工場・大東京綜合卸売センター→新田川緑道→12:23府中郷土の森公園→12:39二ケ村緑道→12:51西武多摩川線是政駅(ゴール)約8km
 競艇場前駅で受付し地図をもらう。玉川競艇場の前を通り、中央自動車道の下をくぐる。東郷寺は集団なので山門までしか入れないとスタッフに言われ、階段をのぼり山門から中を見るだけ。山門前の木は黄色に色ずいていたが、いい写真は撮れない。京王線京王多磨霊園駅の横を通り、品川街道を歩く。
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 京王線の下を通り抜け、しみず下トンネルを右に曲がり、木立ちの道を下ると瀧神社。
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 京王競馬場線の府中競馬正門前駅の駅前にある黄金の馬の像   
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 大國魂神社を横に通り抜ける。    
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 武蔵野線と南武線の高架歩道を通り、下河原緑道を歩き、緑道の枝道?。
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府中郷土の森公園の修景池  
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二ケ村緑道    
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 ゴールの是政駅で西武沿線ポイントカードに100ポイント加えていただく。普通は50ポイント(近場は30ポイントのときもある)だが、多摩川線開業100周年記念ということで100ポイントである。
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2017年10月28日 (土)

少子化による男子校と女子校の統合

 2022年度には足利高校と足利女子高校を統合し、共学にすることが予定されている。足利女子校の敷地を使い新校舎を整備するが、足利高校のグランドや体育館も部活動などで使うこととしている。
 2018年偏差値は両校とも56(2017年の足女は57で足高より1つ上)で、ほぼ同じレベルという点では問題ない。しかし、共学になると両校の伝統が変化してしまうでしょう。
 前々回のブログに書いた新潮新書の橘玲「言ってはいけない(残酷すぎる真実)」162頁によると、モントリオールの共学の公立校は校長の判断で男と女のクラスを完全に分けたら標準テストが15%上昇し、大学の進学率が倍になり、女子生徒の妊娠が年平均15人から2人に減ったと記載されている。242頁には女性の政治家や科学者に女子校出身者が多いのは、学校内で「バカでかわいい女」を演じる必要がないからと記載され、共学にすると女子のレベルが下がる可能性があるようです。
 したがって、高校は統合してもクラスは男女別、部活は体育系が男女別で、体育系以外の部活は男女一緒にした方が男女ともメリットがあるように思います。足利西高校と足利商業高校は2007年に統合され足利清風高校となり、普通科・商業科・情報処理科があります。足高と足女の統合高は男子普通科・女子普通科にすればどうでしょうか。少子化で統合は避けられないのでしょうが、男女別のクラスにすれば両校の伝統はある程度守れるのではないでしょうか。

2017年10月21日 (土)

のどを鍛えて健康寿命を延ばす方法(テレビ東京2017.8.7主治医が見つかる診療所)

最近は「誤えん性肺炎」で亡くなる人が多い。のどを鍛えることが大事。
Aあえいおう体操
 ①舌を長く伸ばしたまま「あ~え~い~お~う~」と発音。1日10回。
 ②へそリズム。「あ~え~い~お~う~」と発音しながらリズミカルに腹をへこます。1日10回。
 ③UFO。低い音→高い音→低い音。1日3回。
Bのど筋トレ
○少量の水を飲んでのどに力が入った状態を10秒間、1日3回。息をはいて終了
 姿勢を正しくしてアゴを引いて飲む。かんでから飲む
○おでこプッシュ
 おでこと手のひらの付け根でおでこを押しあう。下を向き5秒間キープを10セット。
○マウス・イー・トレーニング
 イーと言いながら口を横に思い切り開く。5秒間キープを10セット
○吹き戻しトレーニング(10秒間キープを10セット)
 空のペットボトルをしぼませたりふくらませたり(握りつぶせる程度のペットボトル)
○ハイトーンボイス・カラオケ
 高いキーの曲を選んでお腹から声を出す
詳しくは下記をごらんください。

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